みなさま、こんにちは。
お天気の悪い日が続いた東京。この日(6月30日)はようやく雨がなく、満月も夜空に見られました。
17:00前から、お布施のパンを切ってみなさまを迎える準備が進むなか、瞑想実践の方、読書会にご参加の方がひとりふたりと来られます。
18:00からのブッダ・プージャは、プンナ師の導師で在家10名が参加し、お飲み物をお布施いたしました。祝福のお経は「諸仏の教え」「偉大なる人の思考」「日日是好日経」です。
7月に本堂の改装工事があるので、この雰囲気の本堂は見納めの方もいらしたかもしれません。
19:00からは「パティパダー・バックナンバー読書会」です。参加者はプンナ師を含めて9名です。初参加の方も見えました。

教材は2007年11月号のスマナサーラ長老のご講義『なぜ苦は偉大なる真理なのか』①。6回の連載なので、今月から続けてこのご講義を教材にして学んでいくことになりました。
お釈迦さまは、聖なる苦の真理を発見した時、このようにおっしゃいました。
『今まで私は苦ということを知らなかった。今まで知らなかったから苦しんでいた。すべてのものが苦であると分かった瞬間、心は完全なる安らぎを体験した。これから心には微かにでも悩み苦しみは生まれない。最終的な平安の境地に入った…』
…これを読むだけで圧倒されるような感覚がありますが、ご講義では「人々の日常の生活は楽しいのか、苦しいのか、楽しみとは何か、苦しみとは何か」に焦点を当てて解説くださっています。
みなでこの日々の生活の中の「楽しみ・苦しみ」について意見交換いたしました。少しご紹介いたします。
- 「人生は楽しい」とは思っていないかも。なぜなら、もう一度若いころに戻って人生をやり直せるとしても、それは嫌だと思うし、やりたくはないから。
- 「めでたし、めでたし」があると思って生きているのが一般社会。お釈迦さまはそれは無いと教えてくださっている=苦。
- 自分が日常で感じている苦は、「一切は苦しみ」という真理とは違う感じがする。何かに対し「こんなのはたいしたことではないなぁ」と思うことはあっても。
- 「今は苦しいけど、そのうち楽しいことがあるよ」と思って生きてきた。
生まれたばかりの赤ちゃんを見ると、とても可愛いと思い、それが「苦」とは思えない。しかし実際には、赤ちゃんは相当な苦しい状況を越えて生まれてくるし、相当な苦しさを感じていると思う。(助産師の方のご意見)
プンナ師のご指導もご紹介いたします。
- 例えば、今苦しんでいる病気を治したいと懸命に治療して、治ったとしても、そこからまた別の苦しみが始まる。
- 仏教はDukkha ariya sacca、俗世間の概念とは違う、『聖なる』苦の真理。
- 俗世間で発展と呼ばれることは、楽を得たと思ったのに結局は苦を増やす。
ある参加者の方から「インドでは、お釈迦さまが苦を聖なる真理だと発表した時にどう受け止められたのだろうか?」との疑問が出ました。それに対してお答えくださった方もいたのですが、当時の「dukkha(苦)」の意味はまた今後のご講義に出てきますので、お楽しみに!ということになりました。
みんなで学ぶと楽しいですね♬
その間、本堂で静かに瞑想に励まれていた方々にも、心より随喜いたします。

こちらの下に映っているDekoチョコは、協会の役員の方が一昨日の協会の総会に合わせて作ってくださったもの。みんなでありがたく頂戴しました。
来月の満月の夜の開門は、7月29日(水)17:00~21:00です。ぜひお越しください。
生きとし生けるものがしあわせでありますように。
